完璧なヘンタイなどいない。 しかし、ヘンタイではない人間もこの世に存在しない。
■購入して以来ずっとデスクの横に積んでいた初音ミクを、最近ようやくいじる時間ができた。下手なりに偶然「これ人間っぽいぜ」と思うフレーズが一小節くらいできると小さな喜びを感じるが、同時に湧き上がってくるのが「これミクっぽくないぜ」という違和感である。

■しかし、ミクっぽさとは何だろう。クリプトンがミクに与えたのは、ビジュアル、歌声、そして簡単なプロフィール(年齢と身長と体重)くらいである。特定のアニメやゲームに出てくる特定のキャラクターに比べれば、ミクについて僕が知らされていることはあまりにも少ない。

■だったら、ミクっぽいとかミクっぽくないという感覚はおかしいんじゃないかとも考えたが、ミクらしくない歌声というものは確かにある。具体的にいえば、ダイナミクスのパラメータをいじると音と音の繋がりがスムーズになり、ブライトネスのパラメータを下げるとキンキンした感じがなくなる。人間っぽい歌声を目指すためにはそれで正解なんだろうけど、初音ミクがスムーズに発声しすぎるのもおかしいし、あまりキンキンしないのもヘンだと感じてしまう。

■不思議に思ったまま、初音ミクのコスプレをした女とセックスをした。すると、今までのどんなコスプレでも得られなかった感覚を味わえて驚いた。

■本格的なコスプレセックスというのは、アニメなりゲームなりのキャラを女に演じてもらって、自分がその相手役の男性キャラを演じることによって楽しむものだろうと思う。でも僕は、そんなのは照れくさくてできないので、単に服を着てもらって、普通にセックスをする。もともと僕は欲情における視覚の重要度が高い人間なので、それだけで満足を得られる。(口には出さなくても、頭の中では「ぬれぬれじゃないかハルヒ」とか「なるみ気持ちいいよ!」とか呟いてるが)

■当然ミクのコスプレを着た女とも、特にセリフを言わせることもなく普通にセックスしていた。しかし、いつもとかなり違う。女が口にする言葉が、ミク本人の発言のように思えてくる。初音ミクのコスプレをした女とではなく、初音ミク本人とセックスしている気分が高まってくる。

■北高の制服を着た女が喋ったら、涼宮ハルヒ本人との違いがよりハッキリした。輝日南高の制服を着た女が喋ったら、里仲なるみ本人ではない事実が明確になった。しかし、僕はミク本人が喋っているのを聞いたことがない。漫画や小説のように発言を活字で目にしたこともない。だから、ミクのコスプレした女が喋ってもギャップを感じないのである。

■初音ミクは、歌えるけど喋れない。喋ったことがないのに、ミクにはミクっぽさというものがある。しかもそのミクっぽさは、ミクの服を着た女が喋ることによって崩れることがない。たぶん、女が歌い始めたらガッカリするんだろうけど、セックス中に歌ったりすることなんてまずないし。

■僕はコスプレセックスにセリフを使用しないが、本音では、セリフを交わしたいといつも思っていた。だけど、恥ずかしいから諦めていた。しかし初音ミクは、自然なカタチでそれを実現させてくれたのだ。コスプレをした女が喋れば喋るほど、ミク本人のおっぱいを揉んでいるという思い込みに拍車がかかった。ミク本人のマンコにチンコを入れられる喜びを得ることができた。これは、従来のコスプレセックスとはまったく逆の現象である。初音ミクが、コスプレセックスの新しい扉を開いたのだ。

■キャラクター・ボーカル・シリーズは今後、人間と区別できない歌声を目指して開発が続けられるだろう。初音ミクに続く第2弾として発表された鏡音リン・レンは、ユーザーができることの幅が広がり、歌える曲のジャンルも増え、より人間らしくなっている。だが、ネットで聴ける上級者の作品にいくつか触れてみても、そこにリンらしさ、レンらしさは感じられない。そのため、リンのコスプレを女にさせようという気が起きてこないのだ。DTMソフトとしての可能性はリンやレンの方が確かに上かもしれないが、あまり器用に歌えないミクにこそ、得難い魅力は存在していた。「できる」ことではなく「できない」ことによってこそ、人を惹き付ける個性は形成されるのかもしれない。

■初音ミクは、発展途上の技術から生まれた。その魅力が発展途上だからこそ得られたのだとすれば、新しいコスプレセックスの扉を次にくぐるキャラはなかなか出てこないだろう。だが、次の奇跡をのんびり待ち続けられるだけの素晴らしさが、初音ミクのコスプレにはある。50回くらい連続でミクを女に着せても、たぶん飽きないんじゃないかな。貧乳の女に限るけど。